Urban Innovation JAPAN


元アメフト選手・ペスタロッチテクノロジーの井上友綱さんに聞く、自治体との協働に大事なこととは?

Pestalozzi Technology株式会社(所在地:東京都)

教育×スポーツテックのスタートアップ企業「ペスタロッチテクノロジー」は、2020年のアーバンイノベーション神戸(以下、UIK)の課題に取り組み、消防学校の教育プログラムのデジタル化を進められてきました。元アメフト選手という異色の経歴を持つ代表取締役の井上友綱さんに話をお伺いしました。

(インタビュー/松村亮平 文/狩野哲也)

ビジネスのきっかけはアメリカでの経験から

ペスタロッチテクノロジー株式会社は「運動データを価値あるものに」というビジョンを掲げ、部活動をテクノロジーでアップデートするアプリ「CoachX (コーチエックス)」や新しい体力テストのアプリ「Alpha (アルファ)」を開発しています。

そもそも起業の原点は何だったんでしょうか?

ペスタロッチテクノロジー 井上友綱さん

「高校時代からアメリカンフットボールをはじめて、オフェンスの司令塔であるクォーターバックをしていました。早稲田大学を卒業した後にアメリカで2009年にAFL(アリーナ・フットボール・リーグ)で試合に出て、5年間、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)に挑戦していたんです。」

その後、井上さんは夢がやぶれ、元陸上選手の為末大さんと2014年に株式会社THE CAMPを創業。その会社はヘルスケア系の会社に売却し、その後、ペスタロッチテクノロジーを2年前に創業されました。体育と部活動に注目されているのはご自身の渡米体験が大きいようです。

「アメリカで暮らしていたときに強く感じたのは、スポーツにお金が集まるということ。今では珍しくないですが、アメフトでもVRゴーグルを使った練習など、アメリカでいちはやく活用されていて、最新技術がスポーツに集まっていると感じていました。」

「当時アメリカのアメフト界では自分の体力スコアを入力すると、全米ランキングが5段階評価で表示され、地方でポテンシャルはあるのに埋もれている選手が発掘できるというスマホのアプリがありました。特定の種目ごとに全米中の体力テストなどで得られたデータが蓄積され、スポーツチームは若い選手のスカウトに行くことができるようになるわけです。そういったデータを活用することが面白いなあと感じていたのですが、日本は体力テストを50年ぐらい前からやっているのにデジタルでデータを管理していない。これらの情報は価値が大きいのではと考えたんです。」

UIKで取り組んだ、消防士の育成プログラム

UIKではスポーツとは直接関係の無い「消防学校教育にICTを取り入れ、教官の業務負担の軽減と、新人消防士教育の効率化を図る」という課題に応募・採択されましたが、どういった意図があったのでしょうか。

(参考リンク)
神戸市 消防局 市民防災総合センター
ICT×消防学校!テクノロジーで『市民を守る強い消防士』を養成したい

消防学校の課題
・教官が業務量を減らさなければならない
・しかし、学生が身に付けるべき能力はこれまで以上に高めなければならない

「消防学校の課題は、部活動の中のあらゆるムリ・ムダを解消して、生徒・先生にとっての部活動を最適化するためのサポートツールであるコーチエックスと親和性が高いと感じました。実際、コーチエックスを活用することで、日々の授業をオンラインで学び、教官の負担を減らすと同時に、学生自身で何度も繰り返し学ぶことができるようになりました。消防学校の体力テストにはアルファも使ってもらっています。」

ペスタロッチテクノロジーのアプリ「アルファ」と「コーチエックス」を活用

神戸市の場合は大きくわけて以下の3つの要望がありました。

  1. 訓練の動画配信がしたい。
  2. 日々のトレーニングのログをつけたい。
  3. トレーニングの結果、どれくらいの数値が上がったのか知りたい。

「(1)はもともとコーチエックスの仕組みがあるので、中のコンテンツだけ入れ替えて提供できました。(2)はチームのコミュニケーション機能の一つにノートがあり、ここにトレーニングや動画についてテキストで共有。(3)はイチから開発しないといけなかったので、コーチエックスとは別のアルファという弊社のアプリをうまく使うことによって、体力テストを定期的に測って、EXCELでどれぐらい数値が変わったかわかるようにしました。」

Urban Innovation KOBEのように明確な仕様が決まっていない、かつ4ヶ月という非常に短い期間の中で協働していく上で大切なことは、「期待値のすり合わせ」で、今回の実装内容も自治体側と両者で話し合いながら落としどころを決めたと井上さんは語ります。

たとえば、ざっくりとした課題を擦り合わせていく際には、どんどん実現したいことが要望として出てくる可能性があるため、予算や時間など限られたリソースを勘案し、期待値を上げすぎないようにしているとのこと。

また、実証を進める上で良かったこととして、神戸市の担当者である梅垣さんのITに対する理解が高かったこと、と井上さんは話します。

「梅垣さんが消防学校の教官の方との間に入ってアレコレ橋渡しをしてくださったので、当初からうまくいきそうだなあと感じていました。」

権限移譲された人が、オーナーシップを持つことができれば協働はうまくいくと感じているそうです。

また、手前味噌ですがUIJ事務局側の役割として良かった部分を聞いてみました。

「神戸市の梅垣さんたちのコミュニケーション能力が高かったため、UIJ事務局スタッフの方は、一歩下がったところでお互いの交通整理や情報やタスクの整理、細かい抜け漏れのチェックなど、前に出るというよりはサポート役に徹して頂いたところが、うまくチームとマッチしていたと感じています」

消防学校での実証実験は2021年の4月から9月末まで行われました。神戸市消防局からはどんな反応があったのでしょうか。

神戸市消防局市民防災総合センターの梅垣さんからは「コーチエックスの動画という紙より分かりやすい媒体で学習できたことと、スマホでどこでも学習できたことにより、消防学校での技術の習熟速度が高まった。また、コーチエックスのチームノート機能により、課題を与えたり、レポートを出してもらったりなど学生と教官がリアルタイムにやり取りできた。そのため、緊急事態宣言により、急遽リモート授業を実施した際にも活用できた。」と聞いています。

さらに、「アルファ」を活用することで、これまで学生が紙に書いたものを教官がパソコンにて入力していた作業が省略でき、結果として大幅なペーパーレス化につながったそうです。

実際の学生アンケートでも「ロープ結索などの不安な部分を動画で確認できた」「事前学習や復習で何度も見返すことができ勉強に役立った。」との声が集まっており、手応えを感じています。

ペスタロッチテクノロジーの今後の展望

ペスタロッチテクノロジーは1年後2年後を見据えて、近い未来にどんなことを考えているのでしょうか。

「運動データを価値あるものにしたいという会社のビジョンを掲げています。今は体力テストにフォーカスしているんですが、まずは幼少期から成人になるまでの学生の体力テストのデータの蓄積に取り組んでいます。

それと並行し、成人向けの体力テストデータの獲得も目指しています。よくある成人向けの健康診断はメディカル寄りのデータしか得ることができません。まだ誰も手をつけていない日々の運動量を測る機会をつくるために、全国統一体力テストをどこかの企業とコラボしたり、スマホのカメラで垂直跳びを何センチ飛んでいるか計測できるようにすることを検討しています。これらのデータを活用して、研究機関や医療メーカー、保険会社などに販売できればと考えています。」

井上さんはどういったところにやりがいを感じて邁進しているのでしょうか。

「ひとつは、教育委員会や学校の先生たちの負担を軽減することで、『このサービスがあるとすごい助かる』という喜びの声を聞けたときですね。もうひとつは、やはりエンドユーザーである学生の可能性を広げてあげられた時です。経年で体力テストを追っていき、総合的な評価やクロス分析をすると、自分ってこういう一面があるんだとか、じゃあ別のこの運動をやってみようといった新しい可能性につながると考えています。その可能性を広げてあげることによって、その人の成長に直接寄与できるというところが大きなやりがいですね。」

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