仕様書どおりつくるのは面白くない。
あっとクリエーション・黒木さんが考える、これからの自治体との開発の進め方とは?
あっとクリエーション株式会社(所在地:大阪市)
地図に情報を重ねてすべてを視覚化する会社「あっとクリエーション株式会社(以下、あっとクリエーション)」は、2019年上期のアーバンイノベーション神戸(以下、UIK)の課題を皮切りに、多種多様な課題解決に挑戦しています。
さまざまな地域・行政課題に取り組む原動力は、いったいどこから湧き上がるのでしょうか。あっとクリエーション代表の黒木紀男さんに話をお伺いしました。
(インタビュー/松村亮平 文/狩野哲也)
「面白そう!」と感じたのは、自治体職員のやる気が見えたから
黒木さんは1993年に近畿大学に入学して土木工学を学んだ後、建設コンサルタントの会社に就職。その後、2007年にあっとクリエーションを創業しました。
「サラリーマン時代のクライアントの大半は自治体でした。その後、脱サラして今の会社を立ち上げてからは民間企業との仕事をメインにしてきました。そんなときにたまたまUIK(アーバンイノベーション神戸)の募集を見て『面白そう!』と感じて応募したんです」
黒木さんが直感で面白そうと感じたのは神戸市 建築住宅局 保全課(以下、保全課)の課題「建築物の点検業務」でした。黒木さんの会社では地図からデータを記録閲覧できるサービス「カンタンマップ」を開発し、kintone(※)で点検できる仕組みをつくっています。
※ 開発の知識がなくても自社の業務に合わせたシステムをかんたんに作成できる、サイボウズ社のクラウドサービスです。(参考: https://kintone.cybozu.co.jp/ )
自社のサービスと保全課の課題が内容的にぴったりと感じた上、サラリーマン時代に体験していた、従来の発注プロセスとはまったく違うことに魅力を感じたと黒木さんは言います。
「言葉は悪いけれど会社員時代に体験した自治体の仕事では、やる気のない職員が多かったんです。でもUIJに取り組みに手を挙げている時点で、やる気のある職員でしょ。『従来のやり方に疑問をもっている人がいるんだ!』という喜びがありました。これまでご一緒した人たちがたまたまやる気がなかったのかもしれないですが、当時と比較すると、UIJの仕事はやっていて面白いんです。」
特に「今までとぜんぜん違う」と感じた部分を一点強調します。
「明らかなのは自治体職員に『こうしたい』という想いがある。さらに言えば関係が対等なんだと思います。発注者と受注者の関係じゃないので言いたいことも言いやすい。だからこそやっていて面白いんです。サラリーマンのときはそれがおもんなかったですから。」
カンタンマップで業務が大幅に減少した
また、UIJに取り組む中で、自治体の中のさまざまな課題が見えたと黒木さんはいいます。
神戸2019年下期/神戸市 都市局 計画部 指導課|紙による開発許可申請の電子化実証開発 |
例えば神戸市 都市局 計画部 指導課(以下、指導課)の課題「紙による開発許可申請の電子化実証開発」を例に少し課題の背景を解説します。
開発許可申請とは事業者が「マンションを建てたい」など土地の開発をする際に市の許可を取るための申請です。神戸市ではこれらの申請を受け付けるために、全部紙での申請、保存を行ってきました。
また、ほかの業者が同時期に該当の場所で開発予定がないかなど、合わせて確認する必要があります。ひとつの部署だけでなく、道路、環境、河川、住宅課など多くの部署へ申請書類を職員が回覧する必要があり、課内の調整が多く、職員の負担になっていました。また、他部署からの確認結果も紙の書類でしか届かないため、申請した方への連絡が遅くなるといった課題もあったそうです。
「最初に課題を見たときは『もうとっくに他社がシステム化しているのでは?』と目を疑いました。システムを買ってきたら終わりだろうとネットで調べたりもしましたが、意外と必要十分なシステムがなかったんです。」
この問題を解決するために、黒木さんはkintoneやカンタンマップを活用し、図の2・3・4・5の部分を開発。
3の部分は今までは某地図会社の紙の白地図に色をつけるというアナログな業務でしたが、この作業をオンラインの地図上で入力すれば、連携するさまざまな部署に申請情報がオンラインで送信されるようにしました。
「指導課さんは困っていることが明確でした。ただ、あれもこれもやりたいという状況だったので、何度か『ほんまにそれしないとダメですか?』と尋ねるようにしました。必要十分な機能さえ洗い出せれば、大規模なシステム開発など必要もなく、基本的にはプログラムを使わずにノーコードで十分です。」
結果、大量に保管されていた地図はすべてオンライン上に格納されたため、必要のない書類が削減できる状況になり、職員の作業も大幅に減ったと言います。
「すべて仕様書に落とし込むのは無理だ」と考えたほうがいい
『ほんまにそれしないとダメですか?』に代表される無駄な作業、無駄な書類カットのエピソードとして特に印象に残るのは富谷市役所だと言います。
詳しい経緯はこちらのblog記事「街路灯管理システム:富谷市役所と共同開発しました | あっとクリエーション株式会社」に経緯が記載されていますが、その一部を抜粋して紹介します。
「台帳を印刷できる機能は必要と言われ、『なんで紙の台帳が必要なんですか? kintoneを見れば、最新のデータが常に見られるのに、更新されない紙の台帳は何に使うのですか?』と質問すると『ホントだ。必要ないかも!』となり、紙の台帳で管理するという、従来業務の当たり前を見直すことになりました。」
黒木さんはこれらのエピソードを踏まえ、「自治体職員には従来のやり方を変えてもらう必要がある」と言います。また、やりたいことをイメージできたからと言って、仕様書を完璧に書ききることは絶対に無理だと断言します。
「自治体の担当者が本当にやりたいことって仕様書に書ききれないと思うんです。私たちであっても完璧な仕様書を書くのは難しい。仕様書ありきではなく、アジャイルなやり方のほうが適している。一緒にレゴブロックを積んで完成イメージをつくっていくような開発方法だと自治体職員の想いが実際のカタチになりやすい。そして、私たちはそれを一緒にカタチにできる面白さがあります。想いがすべて書かれていない仕様書どおりにつくるのは面白くないし、うまくいかないんです」
自治体がパートナー企業を選ぶ上で気をつけてほしいことをこう表現します。
「場合によっては、技術力よりも、コミュニケーション力のほうが重要です。機能が豊富で技術力が高いシステムは必ずしも誰もが使いこなせるわけではないので、結果として使い物にならないケースも多々あります。相手の考えを吸収しながら開発できるコミュニケーション力が大事です」
UIJに参加してよかったこと
UIJの意義について聞くと「やる気のある自治体職員の活躍の場が生まれる」「入札資格はな無いが、良い提案ができる小さな会社でも活躍できる」こと、さらに「自治体での導入実績は信用力が上がる」と言います。
「UIJのウェブサイトを見た自治体からの問合せが増えました。また、弊社のblogでは富谷市のことしか書いていませんが、それでも何件か問合せをいただいています」
またUIJの課題に取り組むことで若手社員の成長にもなると言います。あっとクリエーションはメーカーの立場であるため、実はエンドユーザーと直接案件を進める機会が少なく、それを若手とともに担当することで自社の成長にもつなげたい考えなのだとか。
「もうひとつUIJに参加して良かったのは、やはり最初にお話した建設コンサル時代の経験からです。当時、仕様書に書いてないことを提案すると、『私では判断できない』と何を提案しても却下されてばかり。がんばって提案書を書いても受け入れられないと、『何のために徹夜してまで頑張ってるんやろ?』と思うことが多々ありました。」
自治体DXに必要なことは、足し算ではなく引き算
昨今DXという言葉をニュースで見かけない日はないほどですが、自治体の中でDXというキーワードが広がることについて、黒木さんはどう感じているのでしょうか。
「まずDXって何なのか僕はわからへんのです。業務改善のほうがわかりやすいですよね。だから最初の打合せで『電話、FAX、Excel、印鑑、コピー機を全部なくせばいいのでは?』と徹底的に言います。全部なくそうとしたときに、本当に必要なものが見えてくるはずです。だから自治体DXではなくて、業務改善が本当のキーワード。これからは足し算ではなく、引き算の考え方が大事。」
自治体に提案する多くの企業は他社と差別化するために、足し算である機能拡充しがちな傾向があると言います。
今後は災害現場などでも広く活用されたい
そもそもあっとクリエーションの主力であるカンタンマップは「Googleマップ以上、商用GIS未満」という触れ込みの、機能を減らした商品です。
「やっぱりGISって難しくて高くて自治体には使い切れていないんだと思います。GISからいらない機能を引っこ抜いたのがカンタンマップ。さらに、Googleマップでは提供できていない価値を提供できていると考えています。自治体の仕事はカンタンマップで十分。難しいツールはいらず、自治体の人が自分で機能を追加していけばいい。そのために弊社は地図のパーツを用意しています」
最後に余談として黒木さんは静岡県や佐賀県の災害現場でも、カンタンマップ×kintoneを使ってもらっていると話してくれました。
「今までのGISは難しすぎて災害現場で使えなかったのですが、台風19号の際に長野入りして現場で使える仕組みをつくりました。そのシステムを発展させたものが今、災害現場でも使われているのですが、それを見た人たちは時代が変わったと言ってくださっています。それまでの災害本部は紙の地図を拡大印刷して貼って状況を確認していましたが、リアルタイムにkintoneに情報が入ってくるようになりました。どこかにシステムを丸投げするのではなく、ツールを使って現場で自分たちが使いやすいようにカスタマイズしていくのが普通。そんな時代が来ていると思います。そこにカンタンマップは寄り添っていければと思います。」